がん検診・予防の体験文の紹介
平成21度 入賞作品
第1位 『受けなきゃダメよ』 作者名 匿名
母の三回忌を迎えました。一年余りの闘病生活の中で母がたった一つ後悔していたとすれば、それはきっとあのときの心の弱さだったのではないでしょうか。
母の病名は子宮癌でした。 病院を受診したときにはすでにⅣ期。つまり癌は周りの臓器にも転移しており、誰も気付かないまま勝手に命のカウントダウンは始まっていました。
さすがにこの時期は、さまざまな不調が母を苦しめていましたが、『初期には自覚症状がほとんど無い場合がある』という癌の大きな脅威の一つを防ぐ手立ては確かにあったはずなのです。
この日からさかのぼること十年以上前、母は生まれて初めて癌の集団検診を受けました。 もともと痛みに滅法弱く気が小さい母は、友人の強い誘いがなければ自ら足を運ぶような人ではありませんでした。
決して頑丈ではなかったけれど、これまで大きな病気もせず出産以外の入院経験も無かった母は、高をくくって『異常なし』の通知を待っていたに違いありません。
ところが結果は『要精密検査』。 それは癌の宣告にも等しいほど母に衝撃を与えました。母はしばらくの間ずいぶん動揺し取り乱したようです。
もちろんその後、母は病院を受診し、幸いにも癌は認められず事無きを得たのでした。 私も安心して、笑い話で済むようなハプニングとしか受け止めていませんでした。
しかし、母はこの経験から、より一層、がん検診を拒否するようになりました。「検診にだって間違いはある」「もう二度とあんな怖い想いはイヤ」と頑なで、それ以来母は検
診という大切な機会を活かすことはありませんでした。 私も甘かったのです。どうして強く叱ってでも検診を受けさせなかったのか?がんの早期発見の重要性をもっと丁寧に説明してあげていたら…。今となれば考えるだけ虚しい仮
定が次々と私を責めました。
母には逝くその日まで深刻な病状を伝えませんでした。母にとってそれが何より適切な治療の一つだったと信じています。ただ、死期が迫ったある日、母が私にポツリと言ったのです。「あなたは、ちゃんと検診を
受けなきゃダメよ」と。なんだかものすごく腹が立ちました。「もう遅すぎる!もっと早く気付いてよ!」と、心の中で叫びながらやり切れない思いが込み上げてきて、適当な
理由をこじつけ病室を飛び出しました。 きっと私の怒りは私自身にも向けられていて、取り返しのつかないものが悔しくてたまらなかったのだと思います。
私はこれまで二回のがん検診を受けました。保健センターの職員の方々は迅速かつ親切に対応してくださって、最初気構えていた私も心安くその日程を終えることができま
した。 一度、母娘で検診に臨まれる方をお見かけしました。もう返らない月日を巻き戻して、私と母の歴史にもこんな場面を加えられたら…なんて言っても仕方のない想いがほんの少
し頭をよぎりました。けれどお二人の周りを流れるほのぼのとした空気がとても心地よく、お陰で私には穏やかな検診日となりました。
「検診を受けなきゃダメよ」。時間の経過とともに母のメッセージが身に染みます。最近もしかしたら、これは母の照れ隠しだったのではないかと思うようになりました。
私に遺すことで、あと少し勇気が足りなかった自分自身を省みたのかも…
母は辛い治療や生前のしがらみから自由になった今、きっと首をすくめて舌を出し「へへへ」と笑えるようになっていると信じています。だから私はこう言います。「最後にあんなメッセージを遺されちゃ守らないわけにはいか
ないでしょ。その代り、私が検診をサボりたくなったり、その結果に動揺したら、もう一度そこから声をかけてね」と。